氏 名 西澤伸明 日本共産党甲良町支部 支部長 生年月日 昭和23年5月15日生まれ 住 所 〒522-0200 滋賀県犬上郡甲良町在士463 Tel./Fax. 0749-38-4949 地図 電子メール 携帯メール 活動履歴 ・二部学生自治会副委員長などを歴任し、自治破壊の暴力学生と対峙。 ・部落問題研究部に入部、地域活動などに参加、京都田中にも下宿。 ・69年から93年まで京都・滋賀の各地民主商工会事務局で業者の地位向上運動に青春。 ・細川内閣の小選挙区制導入に対し彦根地域連絡会事務局長として奮闘。 ・その他PTA役員、子供会会長などとしても活躍。 ・1995年7月党支部再建の要請を受け、甲良町に単身移住。 ・4年後家族も移住。
昭和43年 立命館大学2部法学部入学 45年中退 昭和44年 京都・北上京民主商工会入局。 以降 大津、湖東、彦根長浜(当時)の事務局員・事務局長を歴任 平成12年 甲良町議会議員 平成16年 現在、2期目 他 福祉法人どんぐり会監事 議会総務文教常任委員会委員 広報・合併・環境各特別委員会副委員長 日本国民救援会彦根・犬上支部事務局次長
人の夢って一直線ではないですよね。でも、多くの人々が先が見えずもがいているのではと思います。あっ失礼、一直線に駆け抜けているあなたもおられることをつい忘れることが多いのです。 くり返し信じる道を続けることで、一つの前進が一ミリにもならない積み重ねがいつか思いを遂げる、これはいくつでもあるわけではないけれど、事例を体験したことありますか。 私は小さな町の小さな政治という分野で仕事をして窮屈な思いをすることの方が、正直多くあります。でも、友人にこのホームページを作っていただく機会に、私の書き残したものをを読んでみました。何を載せようかってね。すると、同和問題を取り巻く情勢の変化に目をみはります。 「いや、西澤さんそんなこというけど、解放同盟の影響はすごい」と反論し、ものが言えない「解同タブー」を強調される方もおられるでしょう。しかし現実を見てください。甲良町内で様々な変化がありますが、 長寺センター改築用地ころがし疑惑事件で解同幹部の一人が住民の前で「ご迷惑をかけました」とあやまったこと、 盗水監査請求で20人近い呉竹地区の有志が名を連ねてくれたこと、 議会の公式の委員会で委員長が「法も終わり同和も一般もない」などの開会挨拶を行ったこと。 私は主にこの3点をあげたいのです。これらは4、5年前には想像できなかった事態です。解放同盟県連委員長、人権センター館長のおひざもと、「解同王国」と言われた甲良町でです。 多くの住民が指摘するように、「同和研修」のひつこさ、町職員のなかに解放同盟役員が幾人もいること、4割が地域であったことなど、厳しく映る一面があることも確かです。 地方を苦しめているのは弱者いじめの自民党政治です。その政治をやめさせる為に幅広い方々と協力の手をたずさえねばなりません。この甲良町では運動団体の無法を正してこそ、あたりまえの前進が可能です。 では、私が議員活動をはじめてすぐに月刊誌「部落」(現「人権と部落問題」に改題)に載った一文の最後のくだりを紹介します。 * * * * * 町会議員として私は次のように同和行政終結に向けてすすめる計画です。 現在も続いている「同和事業最優先」の町政の下で、そのひとつひとつの実態がどのようになっているのか予算や現状をリアルに町当局が町民に明らかにさせること。 法に照らして明らかなゆがみは直ちに中止させること。 部落広域加工センターへの補助金・分担金や梅カモ公園事業など同和対策の名による事業の実態を明らかにし、清算に着手すること。 それらを町民融合・合意のもと一歩一歩すすめるために各界各層を網羅した代表による「審議会」の設置が不可欠だと考える。 これらの具体的な主張・政策を掲げて「同和行政終結」のため立場を超えて圧倒的多数の町民の大同団結を呼びかけ、その実現のため全力をつくす決意です。 * * * * * この政策を掲げた当初はどうなることか展望もつかめませんでした。 おなじ原稿の「番外編」ではため息ももらしています。 しかし、しれこそ色々な人々に支えられながらたたかってきて、一筋の光が見えてきたのもまた、感無量です。 「この甲良町に骨を埋める覚悟で来た決意にいささかの変わりもありません」と街頭から演説したのが104ヶ月前。 事はその時から動いているのかな。日本共産党の大原則=「変革も常に主人公である人民とともに」「階段を上るように一歩一歩」「議会の多数を獲得する『人民議会主義』」など、 もちろん「当面の改革は民主主義革命」「アメリカ従属の外交と大企業優先の政治を大本から切り替える」など基本政策が根底に確立されていたからこそ、私個人の右往左往もなかったからだと思うのです。