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「無言館」と憲法9条
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2007/5/4 (金) 12:47:34
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のぶあき
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憲法施行60周年の5月3日、大津市内で「憲法のつどい」があり、戦没画学生の遺作を展示する長野・上田・「無言館」館長の窪島誠一郎さんが講演。私も妻とともに参加。560人が聴き入った。毎日新聞記事を部分引用し、紹介します。
窪島さんは「画学生達の作品は決して反戦・平和のために描いたのではない。9条のためではない」としながら話をすすめた。「無言館」を設立したのは、一冊の画集がきっかけ。00年の文化功労者で画家の野見山さんが戦争で亡くなった東京美術学校の仲間の遺作を集め、発行した「祈りの画集 戦没画学生の記録」。
窪島さんが、あるきっかけで、その野見山さんと出合った経過に触れ、「こんなに有名な画家でもこんなことを思っているのか」と感動したことが約15年かけて遺作収集の動機と語った。それは「もっと訪ねたい仲間の遺族があった。心残りだ。当時でさえ傷んでいた彼らの絵は今どうなっているだろう」との言葉だった。窪島さんは、「自分が歩んできた50年を振り返り、『おカネが全て』の価値観でいいのか、と突きつける深い感動だった」と率直にそれまでの生き方を聴衆にスケッチ。
窪島さんは、3人の画学生を紹介し、「あの戦争さえなかったら・・・あと10分、あと5分恋人の絵を描かせて・・・『必ず生きて還ってきます。絵を描くために』こんな明快に言い切れる目的をもつ人間はそう簡単にいない」と20代で召しとられた画学生を偲んだ。会場では目頭にハンカチを当てる姿が。
窪島さんは、「何も考えずに生きてきた人間、ノンポリです」と強調したうえで、改憲の動きを批判。若い2人の特攻隊員が出撃前の最後の思い出にと小学校でピアノを弾いた実話を引用。その「処分されかかったピアノが、特攻隊員の話を伝え聞いた人々の手で守られたように、一人一人が感動のバケツリレーを続けること」と強調した。そして「彼らは愛する妻や恋人、敬愛する母や父をこよなく描きたかったのです」と。
私は、窪島さんが紹介した中で「戦没画学生が一度も見たこともないわが子を描いたにもかかわらず、遺児にそっくりだ」と話したうえで、「技術ではなく、その根となる感動こそが大事」と伝えてくれた言葉が残った。さらに、「ノンポリです」と言われたこと、「今でも首まで『お金が全て』との考えから抜けきれない」「人はピアノが弾けなくても、絵が描けなくても、人に伝える感動体験を必ず持っている」とのメッセージを送ってくれたこと、大変感謝している。
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